環境デザイン・アトリエ
横浜の建築家からのメッセージ。日々感じた事を綴ります。
中村拓志さんの狭山湖霊園にある二つの建物を見せて頂く。
中村さんというと、どこか商業建築が得意な人、という勝手なイメージを持っていた。
今回見せてい頂いた建物は、霊園の管理棟と礼拝堂の二つ。
どちらかと言うと、静かで、厳かで、長い時間にも耐えうる質感とデザイン、が求められるタイプの施設だけれども、見せて頂いた二つはその要望にしっかり応えていた。
「施設」(ビルディングタイプ)は、同時にその「質感」を要求する。
例えば、モスクを日本のお寺みたいにつくったら、イスラムの人は怒っちゃうだろう。
モスクは、その形状が多少違ってもやっぱりモスクに見えなくてはならない。
どこが「らしさ」で、どこで新しい試みをするか、が建築家の勘所であろうけど、中村さんはそのバランスが優れた人だと思う。
昔、村野藤吾さんにも似た印象を持ったことがある。
画:hiromichi yasuda
先日のイラン旅行が濃密な1週間だと思ってたら、
帰国してはや10日。
どうしましょ・・・
って、どうしようもないけど。
こうして月日が過ぎていくと、あっという間におじいちゃんになっちゃいます。
時計の針を、もう少しゆっくりすすめる為にはどうしたら良いのか?
思案中。
なんて、無駄な事考えてる間にも・・・過ぎていく・・・
時は金なり。
画:hiromichi yasuda
以前旅行した時、同行したなかに英語をネイティブに扱う日本人女性がいた。
聞くと、幼い頃から大学までアメリカで生活していた、そうだ。
だから、英語で話しているのを見ると、まるでアメリカ人、のように見える。
対して、日本語で話していると、日本人、のように見える。
(日本人だから当然だけど・・・・)
彼女が話す英語を聞いていると、
その淀みなく話すネイティブな英語を聞いていると、
アメリカのむちゃむちゃ仕事ができるキャリアウーマン・・キャリアを積んで自信をもってる女性、に見える。
他方、日本語で話すのを見ていると・・・普通の女の子・・・というか女子高生のような雰囲気を醸し出す。
語る言語が変わるだけで、独りで二つの人格を持っているようで不思議であった。
そう言えば、以前中国を旅行した際の現地の会話に、何か議論している・・・というか口論しているように感じたことがあった。
僕らが何となく思っている「その国らしさ」は、会話とその仕草にも現れる。
画:hiromichi yasuda