環境デザイン・アトリエ

横浜の建築家からのメッセージ。
日々感じた事を綴ります。

2015年9月28日月曜日

映画「あん」と樹木希林

年に1度・・・最近は映画を見る機会が少なくなったけれど、その貴重な機会は、今年は「あん」という河瀬直美さんの映画だった。

パッとしないどら焼き屋を営む店長(永瀬正敏)のもとへ、ふらっと、アルバイトをしたいと徳江(樹木希林)がやってくきて「あん」を作る事になる。
「あん」の味が評判となり、そのパッとしないどら焼き屋が人気の店になるけれど、やがて徳江がハンセン病である噂が広まり、客が離れていって徳江は店をやめる事になる。
・・・ハンセン病の差別と世間の無理解を主題とした映画だった・・・・

主役の、樹木希林の演技が良かった。
彼女の感情を抑制した演技が、かえって寂寥感というか、切なさを伝えて、対する永瀬正敏も悲しみにじっと堪える男のいい演技だった
彼らの負の過去と、それに抗って生きる姿を鮮やかに描いていて、思わず感情がこみ上げてしまった。
画:hiromichi yasuda


2015年9月26日土曜日

9/25のJIAトークギャラリー

僕は、日本建築家協会(JIA)という団体に属していて、そこでも活動をしている。
元々、団体での活動は積極的ではなかったのだけど、年齢も重ねてくると、自分の事だけじゃなくて多少は利他的な活動もしなくちゃ、という意識も芽生えてくる。

というわけで、日本建築家協会のお仕事で、建築家の「トークギャラリー」という企画の手伝いをしている。日本建築家協会の会員の方にパネラーになって頂き、各自の活動を発表をしてもらう。会員同士の理解を深める事が目的の、情報交換+勉強会、のような場だ。

近年は、ネット等で、気軽に情報を手に入れる事が出来るけれど、それぞれの「肉声」から聞く情報は、なにか密度というか、重量が違う気がする。
第一回目が9/25にあったけれど、実際に「会って」「話を聞く」のは、僕にとっても有意義であった

パネラーの皆さん、どうもありがとうございました。

*次回は、10/30(金)18:00〜
 キクシマ関内オフィス 横浜市中区北仲通3-34-2
 であります。

2015年9月20日日曜日

場末の中華料理店で

昼食のお店を探しているとき、玄関が開いたままなので奥を覗くと満員の中華料理店。場末の町で、午後の2時に、これだけ人が入ってるんなら、美味しいのかな?と思って中に入った。

おばさんが二人で、テキパキ働いていた。
他のお客さんは、餃子にビールを付けたりして談笑している。地元の人っぽい。

ラーメンを頼むと、十分程度で、肉と野菜の餡掛けラーメンが出てきた。
そこそこ美味しい。

帰りがけに、会計をお願いすると、忙しそうに麺を茹でてるおばさんが、百円玉が十数個入った籠を指差す。そっちで勝手にやってと言わんばかりに。

それじゃあ、という事で、千円札を入れて、その籠からおつり400円を自分で取り出して財布に入れる。おばさんは相変わらず麺を茹でていて、こちらを見てるそぶり無し。

一見さんのお客さんをそこまで信用するのか・・・・
この店が繁盛している理由が、ちょっと判った。
画:hiromichi yasuda

2015年9月18日金曜日

横浜の保育園に久しぶりに訪れると・・・

「たまたま、近くまで来たので寄りました」
今春完成した、横浜市保育園の増築棟に半年ぶりに訪れた。
竣工当時はちょっとアクシデントもあって何度か通っていたけれど、一段落してからは久しぶり・・・少し緊張ぎみの訪問だった。

「あらま、丁度良かったわ」とばかりに、ニコニコしながら園長先生から、矢継ぎ早に指摘を受ける。
受け答えをしつつ、世間話も交えつつ、時間が流れる。

しばらくして・・・・

「この建物、お母様方にとても評判がいいんですよ。ありがとうございました」・・と

園長先生からの、この一言で、体の力がスッ〜と抜けた。
かつての苦労が一気に「過去のモノ」になったというか・・・
ホッとした。

こういう時が、この仕事をして良かった、と思える瞬間である。


写真;hiromichi yasuda

2015年9月15日火曜日

指摘されたら必ず直す

村上春樹さんの自伝的エッセイを読んでいて、こんな内容のことが書いてあった。

出版前の自作に対して、内容について第三者の意見を聞いたときのこと。
やや批判的な部分があったとき、
「ひょっとしたらそうかもしれない」場合も、
「いや、そんな事は無い、僕(村上)の考え方の方が正しい」場合も、
とにかく何か言われた部分は、何はともあれ、「必ず書き直す」というルールを決めているそうだ。

批判に納得いかない場合には、言われた事と「違う」直し方をするらしいけど、とにかく、その部分にもう一度手を入れる、とのことだった。

で、結果は、常に前の文章よりも良くなっている、と。

設計でも、良いアイデアを思いついた時は、とにかく興奮して他者の批判を冷静に聞く事が出来ない・・・場合がある。
でも、少し時間を置いて頭を冷やすと・・・・
大したアイデアではないな・・・・と反省する事がある。

なにか、とても腑に落ちた。

2015年9月13日日曜日

友人のかき氷

横浜から車で3時間半の、田舎に引っ越した友人の続編。

友人は、広い庭にパラソルを広げて夫婦でかき氷店を始めた。
かき氷を作るのは、奥さん。
シロップは、可能な限り天然ものを使ってるそうで、畑で採れた梅も使われていた。
僕は、合成甘味料でも「美味い」とか言ってしまうタイプだけど、説明を受けると確かに、それは美味かった。
(ま、こんな 僕に「美味い」と言われても、馬の耳に念仏なんだろうけど・・・・)

お屋敷は広くて、例えば小屋は壊れそうな外観にも関わらず、敷地内の[重要な位置]にあったりする。
日曜日にゴロゴロしているリビングのお父さんみたいな・・・

友人は、そんな小屋に手を入れて、改装を始めていた。
ゆくゆくは、雨・風・日差しを遮る、喫茶店の客席になるそうだ。
その日は、床下の根太を転がして、床を貼る準備をしていた

彼らは、古い農家のお屋敷を、少しずつ自分たち用にカスタマイズしていた。
画:hiromichi yasuda










2015年9月11日金曜日

南三陸の風景

先日、復興支援も兼ねた遠征で、仙台、南三陸、気仙沼、福島を訪れた。
感慨深い訪問だったけれど、中でも南三陸の風景が印象に残った。

南三陸は、説明するまでもないけど、防災無線で「高台に避難して下さい」と最後まで留まって放送して亡くなられた女性職員がいた被災地。

現地を訪れると、防災庁舎は骨組み姿で残っていて、ねじ曲がった鉄骨は3.11の記憶を生々しく留めていた。

ところが、周辺は、災害時とは一変していて、露天掘りの炭坑跡地のような風景になっていた。
嵩上げによって高くなった土地は、旧防災庁舎をスッポリ取り囲んでいて、気が遠くなるような量の土が運び込まれた事を容赦なく理解させた。

南三陸防災庁舎周辺





2015年9月2日水曜日

日本の屋根(まめ知識)

日本の屋根型は、大きく分けて、切妻、寄棟、入母屋、がある。
(細かく言うと、もっとあるんですが)

僕は、寄棟以外は全部設計した事がある。
方形の屋根も、形で言えば寄棟の一変種、とも思えるけど、やっぱり別のものと言った方が良いだろう。(方形の屋根は一度設計してます・・・)

内田祥哉さんの本を読んでいたら、寄棟というのは、日本では最も汎用性のある型で、その理由は、どんな平面だろうが、寄棟の組合わせで対応出来るからだそうだ。

ちなみに、屋根は、谷の作り方が難しくて、「良い谷」と「悪い谷」がある。
平面形状が複雑になっても、寄棟の組合わせは水捌けの「良い谷」を作る事ができて、平面が雁行していても、新たに増築しても、どこまでも「良い谷」の組合わせで屋根を架けられる、という訳である。
画:hiromichi yasuda