環境デザイン・アトリエ

横浜の建築家からのメッセージ。
日々感じた事を綴ります。

2015年1月29日木曜日

挨拶(あいさつ)

僕の事務所の近辺(黄金町)には知合いも多くて、頻繁に挨拶している。
引っ越してまだ4年だけど、ご近所さんとのコミュニティは濃い。
挨拶したりされたりすると、なんとなく、気分が良い。

ところで、昔からちょっと気になっていたのだけれど、挨拶(あいさつ)って、ずいぶん馴染の薄い、慣れない漢字を使うよな、と思っていた。
(たぶん、書けない)

先日、柳田国男の本を読んでいたら、「挨拶」について解説が出てた。
柳田説によると、近世に日本に入って来て、最初はお坊さんが使い始めたらしい。
「挨」は[押す]、「拶」は[押し返す]という意味だそうだ。

元々の意味が、[押す][押し返す]って、ちょっと意外・・・というか、なんか、お相撲さんの立会いみたい・・・
頭から当たる日馬富士に対して、受ける白鵬みたいな・・・・ちょっと肉弾戦っぽい。

あれも「挨拶」なんだろうか?
画:hiromichi yasuda

2015年1月25日日曜日

27年ぶりの旧友

変わってないな・・・・・
大学を卒業して、全くあわなかった友人と27年ぶりに飲んだ時の印象。

お互いに顔のしわや白髪はちょっと増えたけど、話し始めると声のトーンから間の取り方から昔のままである。

体型や顔は勿論だけど、それ以上に、話す時の仕草とか、笑うタイミングとかそのくしゃくしゃになったしわとか、振る舞いまとか・・・
なんとも言えない友人の風情というか様相、が変わってない。

防犯カメラは、歩き方から個人を識別して犯人を捕らえると聞いたことがあるけど、確かに個体差ってのは、そういうところに出るんですね。

染み付いた個性は抜けないものだな〜と。
そこがまた、懐かしい。

画:hiromichi yasuda





2015年1月23日金曜日

オレオレ詐欺

いまでは、誰でも知ってる「オレオレ詐欺」。
兼ね兼ね親は、息子や孫の声ぐらいは、解るだろう!?と訝しく話しているのを聞いたことがあるけれど・・・・

果たして、実家にもその電話があったそうだ。
おかしいとは思ったけれど、慌てて僕のところに電話がきた。
疑わしいけれど、不安になったとのこと。

年寄りを狙った、こういうのは全く理解出来ない。
未遂に終わる・終わらないに関わらず、相手がどういう思いをするか?という想像力がまるで無い。
親の心情を思うと、あまり心地よくない一日になってしまった。
画:hiromichi yasuda


2015年1月20日火曜日

図学を教えることに

工学系の学生さん、中でも機械・建築・土木を選択した人は「図学」を教わっていると思う。教わってない人の為に簡単に言うと、3次元の立体を、2次元の平面に表記する技術の学・・・・が「図学」。

話は飛ぶけど、100mをかけっこした時、僕とウサインボルト君ぐらいにかけ離れていることを事を「次元が違う」なんて言う。
桁違いであったり、住む世界が違うような、ま、比較にならないぐらい違うこと。

3次元立体と2次元平面・・僕とボルト君ぐらいの違いがあるかどうか解らないけど、これがホントの「次元が違う」。
ま、それ程「違う」と言うことなのです。

で、話を戻すと「図学」を勉強すると3次元立体を2次元平面に「それっぽく」表記出来る、魔法のような技術なのです。

例えば透視図(パース)は、3次元の空間を2次元の平面に(あたかも奥行きがある様に)表現したものだけど、これも「図学」で出来る。

4月から、縁あって母校で図学を教えることになった。
この技術を習得すると、建築家に一歩近づく。
画:hiromichi yasuda

2015年1月17日土曜日

ノートの活用

今まで、何故「それ」をしなかったのだ、と言われそうだけど、
最近、ノートを効果的に使うよう心がけている。

プロジェクトを同時に抱えて、提出書類や問題解決や決定事項が多くなると、次から次へと出てくる課題で、別プロジェクトでの未解決問題が押し出されるように忘却の海へ流れて行く・・・・

見かねた助っ人さんが、
「ノートを使ったらどうですか?」
「・・・ん?」
「ほらこのように・・・・」
と提案してくれたのは、

□ 基礎の高さ確認
気になる個所や問題点は[ + チェック項目] を記述して、解決していったら、四角に✔をつける。

プロジェクトごとにノートを作り、日誌のように問題点を列記。
確かにこれを始めて、頭は整理されるし未解決問題も少なくなった。

今まで、何故「それ」をしなかったのだ・・・・・
画:hiromichi yasuda


2015年1月12日月曜日

リノベーション

雑誌などをパラパラめくってみると、古い建物をおしゃれに改修したインテリアを見かけることが多くなった。
日本にもリノベーションが定着して、中古建築を改修して住むことが「かっこいい」と思えるようになって来た。

40年前、姉がソニーのラジカセを買った時のことをよく覚えているけど、ラジオとカセットデッキが一つになって(ラジカセ)、確か3万円強だった。
とても羨ましくて、親にだだをこねたのをよく覚えている。
「新しい」技術とデザインが、とてもキラキラしていた。

今は、たいていのモノは直ぐに手に入る。昔は数万円した腕時計だろうが電卓だろうが、100円ショップでも手に入る。
よくもまあ、これだけモノが増えたものだ。

古くなった建物には、新しい技術もデザインも無いけど歴史がある。数十年、下手すると百数十年の「歴史」がある。

新しい技術とデザインだけじゃなくて、普通の歴史も「価値」として見られるようになったきたのかな。
画:hiromichi yasuda


2015年1月8日木曜日

記憶力

最近、友人と話していて、どうも僕は普通の人より記憶力が少ないんじゃなかろうか?
と気が付いた。

今から30年も前の学生の頃の記憶のディテールまで覚えている友としゃべっていると、初めてその話を聞いた人みたいに新鮮で、僕の記憶からはスッポリ抜けていた。

歳をとったからな・・と自分を慰めるが・・(慰めになってないけど・・・)
そもそも子供の頃から、よく忘れる事を皆に指摘されていた事を思い出した。
(それは覚えている)

田中角栄さんは一度聞いた人の名前は終世忘れなかったというし、柳田國男さんは伝え聞いた話を本にするのに、むちゃくちゃすごい記憶力だったと言うから、人それぞれということか・・・・

ま、それ相応の歳になっても、若い頃からコレだから僕も廻りも驚く事はないし、やな事はさっさと忘れて清々するし・・・
それはそれでイイか・・・
画:hiromichi yasuda

2015年1月5日月曜日

正月のテレビ

正月に帰省して、両親とコタツに入ってテレビを見る。
「紅白歌合戦」と「箱根駅伝」は定番で、今年はさんまのまんまも見た。

どれもこれも、年に一度しか見ないのだけど、年取った両親も、おそらく「年に一度」しか、さんまのまんまを見ないのだろう。

番組恒例だけど、さんまの家を想定したセットのリビングで「ピンポーン」とチャイム音が鳴ると新しい客が現れる。

その音に、我が家でも両親がほぼ同時に腰を上げて、
「は〜い」とか言いながらコタツから出ていく。
しばらくして「何だ、テレビか・・」とかブツブツ言いながら帰ってくる。

しかし、我が家のチャイム音がいくら似てるからって、巻き戻した映像を見ているみたいに一度ならず二度もするこた〜ない。

パブロフの犬かい・・・

画:hiromichi yasuda